「安全教育をしても現場の危険が本当に伝わっているのか分からない」
「毎年同じ座学になり、受講者が聞き流している」
安全衛生や教育の担当者からよく聞くお悩みです。その解決策として注目されているのがVR安全教育です。
この記事ではVRで何ができて何ができないのかを製造業の事例とあわせて説明します。導入の手順や予算は記事「VR安全教育の導入手順」で解説しています。
※記事の数字は2026年10月時点で公表されている情報です。
1. 製造業で最も多い労働災害は「はさまれ・巻き込まれ」
令和7年、製造業では26,371人が休業4日以上の労働災害に遭いました(厚生労働省 令和7年の労働災害発生状況)。
事故の起き方(事故の型)で最も多いのは「はさまれ・巻き込まれ」です。機械に挟まれたり巻き込まれたりする事故で、全体の22.7%を占めます。全産業で最も多い「転倒」とは違い、機械を扱う製造業ならではの特徴です。
出所:厚生労働省 令和7年労働災害発生状況(確定値)(構成比は休業4日以上の死傷者数から計算)
機械に挟まれる危険は実際に体験させて教えることができません。そこで使われ始めているのがVRです。
2. VR安全教育でできること
VR安全教育はVRで再現した現場で事故の危険や作業の手順を学ぶ教育です。「何のために使うか(目的)」にも「どうやって受けるか(受講の仕方)」にも2つの種類があります。
2-1 何のために使うか:「危険の体感」と「手順の習得」
VR安全教育の使い道は大きく2つです。
- 危険体感型:事故の怖さを体で感じさせて「気をつけよう」という意識を高める
- 手順学習型:正しい作業の手順と危険な箇所を繰り返し学んで覚える
初回の教育や安全大会には危険体感型、新人教育や復習には手順学習型が向いています。違いを表にまとめると次のとおりです。
| 項目 | 危険体感型 | 手順学習型 |
|---|---|---|
| 目的 | 事故の怖さを体感して、危険への意識を高める | 正しい手順と危険な箇所を覚える |
| 向いている場面 | 初回の教育、安全大会 | 新人や配置換えのときの教育、復習 |
| 効果の測り方 | 受講後のアンケート、危険予知テスト | 受講の前と後に行う理解度テスト |
※提供会社の製品紹介ページと検索上位の解説記事、計34件をUrthが調べると危険体感が27件、手順の学習が2件、両方が4件でした(2026年10月時点)。
2-2 どうやって受けるか:「ゴーグル」と「画面」
受け方も大きく2つあります。
- VRゴーグル:没入感が強く、事故の怖さが伝わりやすい。ただし同時に受けられるのはゴーグルの台数まで
- PC・スマホの画面:端末があれば、各自が好きなときに受けられる
ゴーグルと画面を比べた研究3件では知識の身につき方にはっきりした差はありませんでした(Cabero-Almenaraほか 2026、Maddenほか 2020、Christほか 2026)。
おすすめは「初回はゴーグルで集まって体感し、復習は各自の画面で」という使い分けです。ゴーグルの台数に関係なく、全員が繰り返し受けられます。
2-3 事故の型ごとの向き不向き
VRが得意なのは実際には体験させられない危険を見せることです。事故の型ごとに分けると次のようになります。
- 向いている:はさまれ・巻き込まれ、墜落・転落、切れ・こすれ
- 使い方しだい:転倒(危険な箇所を探す訓練には使える)
- 向いていない:動作の反動・無理な動作(体への負荷は再現しにくい)
製造業で最も多いはさまれ・巻き込まれこそ、VRが向いている事故の型です。それぞれの理由は次の表のとおりです。
| 事故の型 | VRの向き不向き |
|---|---|
| はさまれ・巻き込まれ | 向いている(機械に手を出す危険を体感できる) |
| 転倒 | 危険な箇所を探す訓練には使える(まず設備の対策が必要) |
| 動作の反動・無理な動作 | 向いていない(体への負荷は再現しにくい) |
| 墜落・転落 | 向いている(高い所の危険を体感できる既製の教材が多い) |
| 切れ・こすれ | 向いている(刃物や工具の危険な場面を見せられる) |
※向き不向きは公表されている情報をもとにUrthが整理したものです。
3. VR安全教育でできないこと
VR安全教育は法律で決まった安全衛生教育をすべて置き換えられるわけではありません。
労働安全衛生法では人を雇い入れたときや作業の内容を変えたときなどに安全衛生教育を行うことが事業者に義務づけられています(長野労働局の案内)。こうした教育は厚生労働省が定める要件を満たせばeラーニングでも行えます。ただ今のところVRだけでこの要件を満たすのは難しいのが実情です。(厚生労働省が定める要件 )
そのため法律で決まった教育ではeラーニングとVRの組み合わせがおすすめです。eラーニングで必要な知識を学び、VRで現場の危険を体感して理解を深める使い方が基本になります。
また特別教育は学科と実技で扱いが分かれます。学科はeラーニングで行えます。一方で実技は講師と同じ場所で対面で行うことが求められています。VRは実技の前の予習や、実技のあとの復習に使えます。
| 教育の種類 | 根拠(労働安全衛生法) | 実施の義務 | VRの使いどころ |
|---|---|---|---|
| 雇入れ時教育 | 59条1項 | 義務 | 危険性と作業手順の理解を助ける |
| 作業内容変更時教育 | 59条2項 | 義務 | 新しい設備や工程を事前にVRで学ぶ |
| 特別教育 | 59条3項 | 義務 | 学科の理解を助ける(実技は対面) |
| 職長等教育 | 60条 | 義務 | 異常が起きたときの対応を事例で学ぶ |
| 危険有害業務従事者教育 | 60条の2 | 努力義務 | 定期的な教育で危険を体感する |
| 能力向上教育 | 19条の2 | 努力義務 | 指導する立場の人に教材を説明する |
4. 製造業の導入事例
VRを安全教育に使った製造業の公表事例から、2社を紹介します。
4-1 アイシン 半田工場:自社の職場に危険を重ねて体験する
何をしたか:ゴーグルを着けて実際の工場内を歩き、曲がり角での衝突や落下物などの危険を目の前の職場に重ねて表示する訓練を取り入れました。
どうなったか:担当者は「『かもしれない』行動を想定しやすくなった」とコメントしています(Forgers 2025年7月2日発表)。
ここから分かること:自社の職場に合わせた教材にすると受講者は危険を自分のこととして感じやすくなります。まず「どの作業の、どの事故を扱うか」を決めることが大切です。
4-2 東京製綱:新人向けだけでは全員に届かなかった
何をしたか:VRの体感教育を主に新人を対象に行っていました。
どうなったか:多くの従業員まで行き届かず効果が限られたとして、全従業員向けに動画の教育を加えました(2024年12月19日発表)。
ここから分かること:ゴーグルの台数や1人あたりの時間によって、受けられる人数と回数は限られます。導入の前に「誰に何回受けさせるか」を決めておくことが大切です。
5. よくある質問
VR安全教育の導入を検討する担当者からよく聞く質問に答えます。
5-1 ゴーグルがなくても始められますか
始められます。PCやスマホの画面で受ける方式なら、機器を買わずに全員が受講できます。危険を体感させたい教育はゴーグル、手順の確認や復習は画面と分けると選びやすくなります。
5-2 VR酔いが心配です
酔いやすさには個人差があり、ゴーグルが合わない人もいます。気分が悪くなったらすぐ中断できるようにし、同じ内容を画面でも受けられるようにしておきましょう。
6. まとめ
この記事のポイントは次のとおりです。
- 製造業で最も多い事故:機械による「はさまれ・巻き込まれ」で全体の22.7%
- VRでできること:危険を体感させることと手順を繰り返し学ばせること。初回はゴーグル、復習は画面と使い分けると全員が繰り返し受けられる
- 向いている事故:はさまれ・巻き込まれ、墜落・転落、切れ・こすれ
- できないこと:法律で決まっている教育をVRで補う。実技は対面で行う
- 事例から分かること:最初に「扱う作業と事故の型」と「受ける人と回数」を決める
ここまでの内容を社内で共有するときに、そのまま使える資料を用意しています。
7. 社内の説明にそのまま使える「導入実務ガイド」
VR安全教育を始めるには多くの場合上司や経営層の了承が要ります。そのとき説明を求められるのは主に次の3つです。
- なぜVRなのか:自社で多い災害とVRが向いている理由
- 法律との関係:法律で決まった教育のどこにVRを使えるか
- 費用と効果:いくらかかり、効果を何で示すか
ただ、これらの材料は国の統計や通達、各社の公表資料にばらばらに載っています。担当者が一から集めて資料にするのは手間がかかります。
そこで、この記事の内容に稟議で使える材料を加えて、スライド資料「VR安全教育 導入実務ガイド」にまとめました。社内の説明資料としてそのまま使えます。
- 事故の型ごとのVRの向き不向きと製造業の導入事例
- 用意の仕方ごとの公表金額と1人1回あたりの費用の比べ方
- 労働災害1件あたりの損失(休業に至らない災害でも約231万円の試算など)
- 助成金・補助金の対象範囲と効果測定の進め方
実際に導入を進めるときの6つのステップと予算・効果の測り方は次の記事で解説しています。


